東京高等裁判所 昭和37年(行ナ)4号 判決 1967年10月31日
原告 東京製綱株式会社
被告 東京化工株式会社
主文
特許庁が、昭和三十六年十二月八日、同庁昭和三二年抗告審判第二八七号事件についてした審決は、取り消す。
訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
第一求めた裁判
原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。」との判決を求めた。
第二請求の原因
原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。
一 特許庁における手続の経緯
被告は、昭和三十年十二月三十一日、原告の権利に属する登録第四七二、四六四号商標につき、登録無効の審判を請求し(同年審判第六四六号事件)、昭和三十一年十二月二十四日「請求人の申立は成り立たない」旨の審決を受けたが、これを不服として、昭和三十二年二月二十六日、抗告審判を請求したところ(同年抗告審判第二八七号事件)、昭和三十六年十二月八日「原審決を破棄する登録第四七二、四六四号商標の登録は無効とする。」旨の審決があり、その謄本は同年同月十八日原告に送達された。
二 本件登録商標
別紙記載のとおり、角ゴシツク体風にして「TOKYO ROPE」のローマ文字および「東京ロープ」の日本文字をそれぞれ上下二段にして左から右へ横書して成り、指定商品旧第三十五類綱、紐、テープ、網地、網、昭和二十九年一月十四日登録出願、昭和三十年十月二十七日、登録第三九七、二九〇号商標外一件の商標に連合する商標として、登録されたもの。
三 本件審決の理由の要点
本件抗告審判審決(以下、「本件審決」という。)は、本件登録商標(以下、「本件商標」という。)は永年使用による顕著性ありとして登録されたものであるが、この点について原告の提出した証拠資料(証明書類)によれば、「TOKYO ROPE」及び「東京ロープ」の両文字をそれぞれ上下二段にして横書して成る標章が過去において証明書に記載する商品について使用されたということは一応認めることができるとしても、このような標章の表示態様をもつてしては、本件商標と同一の構成に係るものの使用を証するに足るものとは認めることができないのみでなく、又本件商標が何時頃から具体的に如何なる商品について現実に使用されてきたかという事実もまた、これら各号証をもつてしては確認することができないので、本件商標をその指定商品について永年使用による特別顕著性を具備するにいたつたものとして、これを登録したことは、失当であり、結局、本件商標の登録は、旧商標法(大正十年法律第九十九号)第一条第二項の規定に違反してされたものであるから、同法第十六条第一項第一号の規定により、これを無効とすべきものである、としている。
四 本件審決を取り消すべき事由
本件審決には、次の点において事実誤認の違法があり、取消を免かれない。すなわち、本件審決は、本件商標には旧商標法第一条第二項にいわゆる特別顕著性なしと認定判断しているが、誤つている。以下その理由を述べる。
(一) 本件商標は、その構成自体において特別顕著性を備えている。
原告会社は、明治年間から各種ロープ類の製造販売の営業をはじめ、製網界のトツプメーカーとして内外にその名を知られてきたものであるが、その商号を欧文字で記した「TOKYO ROPE MA NUFACTURING CO., LTD」のうち冒頭部分だけを抜き出して、会社商号を「東京ロープ」「TOKYO ROPE」と略記略称して来た。そして原告会社は、右略称を取扱商品全般と結びつけて使用し、そのため、一般取引者及び需要者は、「東京ロープ」「TOKYO ROPE」といえば直ちに原告会社の商品を想起し、原告会社商品といえば「東京ロープ」「TOKYO ROPE」の略号を考えるほど、この両者は不可分に認識されて来た。つまり、取引上、「東京ロープ」「TOKYO ROPE」なる語は、原告会社並びにその商品たるロープ、綱類等を表彰するものとして、原告会社の営業に結びつけられて広く認識され、使用されてきた。したがつて、これを原告会社の営業に係る商品である綱、紐、テープ、網地、網等に標章として使用した場合には、一般取引者及び需要者に対し、原告の営業にかかる商品であることを容易に認識させることができるわけであり、右標章は、単に東京という都市名とロープという商品の普通名詞とを結合したありふれた標章というべきではなく、本件商標の指定商品たる右各商品について、出所識別機能を営むに十分なものであつたわけである。
もつとも、本件商標は、右の「TOKYO ROPE」と「東京ロープ」とを上下二段に左横書して成るものであるが、前記の事情からみると、これを指定商品たる綱、紐、テープ、網地、網等に使用した場合、一般取引者及び需要者が、原告の営業にかかる商品であることを容易に判別できることは、明らかであつたといえるから、本件商標はその構成自体ですでに商品の出所判別機能を有しており、いわゆる特別顕著性を備えていたものといわなければならない。本件商標が、使用による特別顕著性ありとして登録されたことは、その構成自体に特別顕著性あることを否定すべきものではない。
(二) 仮りに、本件商標は、その構成自体において特別顕著性を備えていたとみることができないとしても、原告が永年にわたりこれを使用した結果、一般取引界においては、本件商標を付された商品が原告の商品であることを広く認識されるにいたつており、その登録出願時においてすでに特別顕著なものとなつていたものである。
すなわち、原告会社は、明治年間から今日にいたるまで、その取扱商品である綱、紐、テープ、網地、網等に本件商標と同様な標章を継続して使用して来たのであり、そのため本件商標は登録時において、原告会社の営業にかかる商品であることを表示する標章として、広く需要者の間に認識されていた。その使用の態様は、さきに述べたように、一面においては商号の略称として社標的な使用の仕方ではあつたけれども、他面において商標的なものとしても使用して来たのであり、これによつて原告会社の商品の出所表示の機能は十分に発揮され、自他商品の識別作用が営まれて来たものである。そして、本件商標の外観構成が、原告の現実に使用して来た標章の外観構成と若干相違するところがあるにしても、本件商標の登録要件に異同はないというべきである。すなわち、本件のような文字商標にあつては、文字の形体、全体のバランス等、視覚に訴える要素の異るに応じて商標の同一性を否定することは当を得ないものであり、取引会社の経験則に照らして、特に異形な文字で表示されたものでないかぎり、同一の文字より成り、同一の称呼、観念を有するものであれば、すべて同一商標の範疇に入れて差支えないものである。原告会社の使用して来た「TOKYO ROPE」「東京ロープ」なる標章は、本件商標と同一文字で、「トウキヨウロープ」なる同一の称呼、観念を生ずる構成を備えていたものであるから、たとえそれが上下二段に結合された本件商標と同一の構成で使用されず、「東京ロープ」または「TOKYO ROPE」と分離された態様で使用されて来たとしても、本件商標と同一性ある標章の使用の範疇に属するものというべきである。したがつて、本件商標は、原告会社の永年にわたる使用によつて、自他商品の出所識別機能を備えるにいたり、いわゆる永年使用による特別顕著性を取得していたものである。
以上のとおり、いずれにせよ、本件商標は旧商標法第一条第二項にいわゆる特別顕著性を備えていたにかかわらず、これなしと判断して、本件商標の登録適格を否定した本件審決は、事実を誤認した違法あるものである。
第三被告の答弁
被告訴訟代理人は、答弁として、次のとおり述べた。
原告主張の事実中、第一項から第三項までの事実は認めるが、その余の事実は否認する。本件審決には原告主張のような違法の点はなく、原告の主張は理由がない。
本件商標は、その構成においていわゆる特別顕著性を備えていない。すなわち、本件商標は、「東京」(TOKYO)なる世界的に著名な都市名と商品の普通名称である「ロープ」(ROPE)とを結合して、これを日本文字及びローマ文字で二段に横書きしたものにすぎず、これを指定商品に用いるときは自他商品識別の機能を営む特別顕著性ありとはいえないものである。現に、原告は、本件商標の登録出願に際し、特許庁審査官から、昭和二九年二月二七日付で、同様な理由による拒絶理由の通知を受けている。
原告は、右の拒絶理由通知に対し、意見書を提出し、永年使用による特別顕著性あることを主張して、本件商標の登録を受けたのであるが、原告が使用してきたという標章は、本件商標と対比すると、その字体や文字の配列による外観において、また称呼において、著しく相違しており、とうてい本件商標と同一構成の標章とはみることができないものである。すなわち、原告は「TO-KYO」と「ROPE」とを二段書きにした構成のものを用いたり、「TOKYO」と「ROPE」との中央に図形「麻の葉」を配置した標章(この称呼は「トウキヨウアサノハロープ」であつて「トウキヨウロープ」ではない)を用いたり、文字の「麻の葉」と図形の「あさのは」とを結合させ、これに「印」を附記した「あさのはじるし」なる標章を用いて来たのであり、これらのものは、とうてい本件商標と同一構成のものとは認めることができないものである。かえつて、本件商標の登録出願当時の原告会社のカタログ(乙第二号証の一ないし七)をみると、原告は当時本件商標を使用していなかつたことを推認することができる。したがつて、本件商標と同一の構成にかかるものの使用を証するに足るものなしと判断して、使用による特別顕著性あることを否定した本件審決は正当であるといわねばならない。
仮りに、原告が本件商標と同一の構成にかかる標章を使用していたとみられるとしても、原告が本件商標の登録を出願したのは昭和二十九年一月十四日であり、それが登録されたのは昭和三十年十月二十七日であるが、一方、被告は、昭和二十八年初頃から繊維紐を芯とし、ビニールを鎧装して成る物干紐を考案製造し、これに「東京ロープ」と左横書きの標章を付して販売をはじめ、同年七月一五日被告会社代表取締役辻本増市名義で右物干紐の意匠登録を出願し、同年十二月十八日登録第一〇六一一三号として意匠登録されたので、直ちにこの登録番号を前記標章に附加して使用しはじめた。そして、被告は、丸美工芸株式会社を特約店として右物干紐を販売させ、同会社はこれを東京、大阪の百貨店をはじめ、全国の家庭用品販売店等に卸売した結果、右商品物干紐は「東京ロープ」の標章とともに、一般取引者及び需要者間に広く認識されるにいたつた。したがつて、右物干紐と類似商品たる本件商標の指定商品に原告がその主張のような標章を使用していたところで、それによつて自他商品識別の機能が的確に発揮されることはなかつたはずであり、本件商標に使用による特別顕著性ありと認めることはできないものである。
第四証拠関係<省略>
理由
(争いのない事実)
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本件商標の構成と登録の経緯および本件審決の理由の要点が、いずれも原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。
(本件商標の特別顕著性の有無について)
二 本件における唯一の争点は、本件商標が旧商標法第一条第二項にいわゆる特別顕著性を備えているかどうかにあることは、本件当事者間の主張に徴し明らかであるところ、本件における証拠関係のもとにおいては、本件商標は、特別顕著性を備えているものとみることができる。以下、これを詳説する。すなわち、
本件商標のうち、上段の「TOKYO ROPE」の部分が、原告会社の商号を英文字で表示した「TOKYO ROPE MANUFACTU RING CO., LTD」の前半部を採つた略称であることは明らかであるが、それだけでは、「トウキヨウロープ」の称呼を生ずるのみで、下段の「東京ロープ」と称呼上同一であり、右両者はいずれも、生産地もしくは販売地等の表示としてきわめて普通に用いられる東京なる地名と本件商標の指定商品の普通名称ロープ(網)とを、単に一連に結合して表示したものにすぎず、したがつて、右両者を二段に組み合わせて構成してみても、一般には、東京の地で生産又は販売されるロープなる観念を生ずるのみで、それによつて本件商標の指定商品について出所表示の機能を営むに足るものではないといわなければならない。
しかしながら、証人小沢正敏の証言によりその成立を認めうべき甲第二、第三号証の各二ないし百三十五および同第八号証の一ないし百三十四、成立に争いのない甲第十号証ないし第十六号証、同第十七、第十八号証の各一ないし三、同第十九号証ないし第二十一号証の各一、二、同第二十二号証ないし第二十八号証、同第二十九号証ないし第三十二号証の各一、二、同第三十三、三十四号証および同第三十九号証ないし第四十二号証に証人鈴木博太郎、同富田和男、同雨谷忠夫、同小沢正敏および同戸張周治の各証言を合わせ考えると、
(一) 原告会社は、明治二十二年に東京製綱会社なる名称で創立され、明治二十六年、東京製綱株式会社と改称して、主に鋼索、麻綱を製造販売して発展して来た会社であり、常に業界第一の実績を保ち、本件商標の登録出願をした昭和二十九年当時、資本金は四億円、生産高はワイヤロープが全国生産高の十八、九パーセント、繊維関係ロープが十パーセント位であつたこと、
(二) 遅くとも昭和年代に入つてからは、原告会社は東京ロープと略称され、業界で東京ロープといえば、原告会社を指すとともに、原告会社製のワイヤーロープ等を意味するまでになつており、また原告会社の株式は戦前から東京証券取引所第一部に上場されていて、ロープ又は東京ロープと略称されていたこと、
(三) 原告会社の製品は、各種ロープのほか、漁網、組紐、撚糸等に及んでいたが、戦後において原告会社が作成した営業案内のためのパンフレツト等には、原告会社が古くから社標として用いていた麻の葉を図案化したマークとともに、「TOKYO ROPE」又は「東京ロープ」なる表示が用いられ、また、製品の荷札や外枠にも、輸出用のものには「TOKYO ROPE」国内向けのものには「東京ロープ」なる表示が右麻の葉のマークとともに用いられて来たこと、
を認定することができ、他にこの認定を左右するに足る証拠はない。しかして、右認定の事実によると、原告会社が本件商標の登録出願をした昭和二十九年一月十四日当時およびその登録がされた昭和三十年十月二十七日当時、一般取引界において、「TOKYO ROPE」又は「東京ロープ」と表示すれば原告会社を指すとともに、これを標章として本件商標の指定商品に用いるときは、原告会社の製品であることを示すものとして、周知著名なものとなつていたと認めるのが相当である。
もつとも、証人牧野静雄の証言によりその成立を認めうべき乙第五号証の一ないし三、同第六、第七号証、同第八号証の一、二および同第二十号証の一、二、証人大江美津子の証言によりその成立を認めうべき乙第十号証ないし第十九号証、成立に争いのない乙第九号証および同第二十一号証の一、二に証人大江美津子および同牧野静雄の各証言を合わせ考えると、被告会社は昭和二十八年頃から、ビニール管に組紐を挿入した物干紐を「東京ロープ」と名付けて発売し、これについて被告会社代表取締役辻本増市の個人名義で、昭和二十八年十二月十五日意匠登録を、昭和二十九年八月十七日実用新案登録をそれぞれ経たうえ、丸美工芸株式会社を通じて「東京ロープ」と日本文字を左横書し、これをはさんで上段に「TOKAKO」とローマ字で左横書し、下段に東京化工株式会社と日本文字で左横書した標章を付して、松屋、松坂屋、白木屋等のデパート、明治屋、菊秀等の商店に、相当数のものを販売したことを認めることができる。しかしながら、かような事実だけでは、「東京ロープ」なる左横書きの標章が、一般取引界において、直ちに被告会社製の商品物干紐を表示するものと広く認識されていたとまで認めるには足りず、したがつて、本件商標の指定商品に「TOKYO ROPE」又は「東京ロープ」なる標章を用いた場合に、それが原告会社の製品であることを表示するほど周知著名であつたとする前の認定を左右しがたく、他に、本件商標の登録出願当時、その指定商品について「TOKYO ROPE」又は「東京ロープ」なる標章が通常使用されていたと認められる事実はないから、原告会社が右指定商品について、少なくとも「TOKYO ROPE」および「東京ロープ」なる表示を上下二段に組合わせて構成した標章を用いるときは、一般取引界において、それが原告会社の営業にかかる商品であることを判別させるに足る表彰力を有していたというべきである。
したがつて、本件商標は、その登録出願当時、すでにそれ自体で自他商品の識別機能を営むに十分であつたというべく、旧商標法第一条第二項にいわゆる特別顕著性を備えていたものといわなければならない。もつとも、本件商標は、永年使用による特別顕著性ありとして登録されたものであるが、旧商標法第一条第二項の要求するところは、商標が自他商品の識別能力を意味する特別顕著性を具備していることであるから、本件商標が右のとおり特別顕著性をそなえている以上、その登録の際における特別顕著性発生原因の相違は、あえて問題とするに値しないものというべきである。
(むすび)
三 以上説示のとおりであるから、本件商標をもつて、旧商標法第一条第二項にいわゆる特別顕著性なしとして、その登録を無効とした本件審決は、判断を誤つた違法のものといわざるをえない。
よつて、これを理由にその取消を求める原告の請求は理由があるものということができるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 三宅正雄 荒木秀一 石沢健)
別紙
本件登録商標<省略>